たぶ噺。

たぶがちょこちょこしゃべります。

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誤語夢中。あるいはたぶの1/25の思考。

本の感想ですがコレは別扱いで。
何故ならまた変な夢を見ちゃったからです。

『笹まくら』/丸谷才一
笹まくら
「徴兵忌避」をしていた主人公の現在と過去。
得体の知れない国家への奉仕からの自由を求めて徴兵忌避をしたという過去が
戦後20年経った現在、主人公へと不穏な影を投げかけ始める。
作中で登場人物によって繰り広げられる国家論の議論が興味深かったです。
淡々とした、色で言えばグレイッシュトーンの現在に挟まれて描かれる
徴兵忌避中の各地での記憶が繊細で、どこか生き生きとしているようで美しい。

この人は文体、というか小説構成が少し特殊で、
現在と過去や、状況と思考なんかが何の断りもなく入り乱れて流れていくのですが。
もちろん読み辛かったり、いちいち立ち返って考えなきゃならんこともあるのだが
むしろたぶはこの交錯が好きなくらいで。

で、ある部分の交錯や繋がりについて考えていたら寝てしまってね。
夢の中でも本を読んでんの。したらこんな文章が。

「あののじがのじであるだなんて、どうして言えるだろうか」

ん?

「あののじがのじであるだなんて、どうして言えるだろうか」

のじ?

「あののじがのじであるだなんて、どうして言えるだろうか」

のじって、何じゃーーい!と思って目が覚めた。
何?"のじ"って。しかしたぶは夢の中ではっきり読んだ。
まぁ普通に実際の小説の中にはそんな言葉出てこないわけです。
調べてみたら「野路」「野地」という言葉はあるけども。
夢の中の"のじ"は人を指していたようだったし。当て字をすると…「野士」?
まぁ徴兵忌避とはもちろん如何わしいことなので
主人公は偽名を使って全国を転々と逃げ回らなければならなかったので
こんな↑人を疑うような文章が夢にも出てきたのだと思うけど。


夢の中で造語までしてしまったことにはかなり驚きだが、
何より恐ろしい気がするのは、自分夢見すぎなんちゃうか、と。
そしてその夢と現実との緊密性。

『ぼくは勉強ができない』の中で、人は生活周期が実は25時間で、
24時間からはみ出た1時間はごまかして生きている、というようなことが書いてあって。
つまり残りの1時間分の体力なんかは普段の動作で消費してしまっており、
消費できなかった思考は夢という形をとって溢れ出す、と。
ということはつまり…
一般の人はたぶに比べ25/24倍の思考を思考という形で行っている。
たぶは少なくとも全体の1/25の思考を夢という形で行っている…?

つまり……普段考えてない!?

ががーーーん。
でもこれで夢を良く見ることや、それが現実と深い関連を持っていることの
説明がつくような気がするんです。
そもそも人より1日の周期が長いような気はしていたし。
でも、そんなにぼーーっとしてるかなぁ?
じゃあ逆に、皆普段何を思考しているわけ?

ああ、嗚呼、なんか理解不能。
もうこのこと自体が思考的思考が足りていないこと、
思考を夢という形で垂れ流していることの何よりの証拠だという気がする。
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  1. 2005/08/01(月) 13:08:23|
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